こんにちはあ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
忽然とあらわれた4連休も終了。
なんというか。
ちょっともったいなかったな。
明日から再び日常があらわれるわけですが。
まあ。どーなることやら。
とりあえず、極力疲れないようにします。
がりがり削られるエフェクトをイメージすれば、
深さは当社比3割を絶対防衛ラインとします。
応援してねー。
はっ。今週は土曜日がある?
はっ。今週誕生日!!!
17だと?www
昔はクリスマスと誕生日は勘定して待ったもんだがなあ。
あれよあれよ。
プレゼントはいつでもお待ちしておりますよw
あ、あげるプレゼント考えてないやw
なんかあるかなあ。気の利いたもの。
・・・・・・・・・・・・・
さてと。
今日は久しぶりにネタを投下しようとおもいまして。
この間エルアラの話がでたので思い出しました。
「砂漠の狐:ロンメル」について話をしたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
エルヴィン・ロンメル
ドイツ帝国軍の最終階級陸軍元帥の男です。
ドイツ将校はナチ党だったものが多かったので
ヒトラーの配下であり、極悪非道なものが多かったこと。
また、有能とは言えないものが多かったことから
非難の対象となるものが多いのです。
しかしそんな中。
エルヴィン・ロンメルという男は
多くのミリオタに愛され。
当時の連合国側からも賞賛の辞を受けるなど
世界的に有名、愛される将校であります。
・・・・・・・・・・・・・・・・
まず、最初に決定的なのは
彼は工場の少年だったということです。
普通。陸軍元帥まで上り詰めるような人は爵位を持っているものです。
彼は第一次世界大戦、一般兵として参加し。
幾度も負傷し。称号を受け、
そしてカポレットの戦い・だったかな?
で、大変優秀な働きをしたため特進を果たし少尉となりました。
その後は陸軍教官となったりなんのかんの。
そして。
ドイツのポーランド侵攻(第二次世界大戦勃発)前。
少将の階級を獲得。
新星 第七装甲師団の師団長に任命されるのであります
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふう。書くの結構つかれるな。
未だ全然か。
さくっといくかね。
それでだな。
フランスでドゴールを破って昇進。
ダンケルクの戦いでもよくできましたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて。この後。この後からが面白いのですよ。
ドイツの本体は
バルバロッサ作戦。スターリングランド。レニングラードにさかれました。
そんななか。
ロンメルはただ一人北アフリカ攻略の命を受けたのであります。
装甲師団はたったの二個師団。
他は歩兵隊とへちょいイタリア軍のみ。
しかし、そんななか彼は聡明な作戦で着々と連合国を破っていったのであります。
詳しくしりたいやつは
トブルグ包囲戦
バトルアクス作戦
ガザラの戦い
エル・アラメインの戦い
で、ググレ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
彼の評価される一端はその人間性にあります。
ナチ党でな将校なんてこれっぽちもいなかったのに
彼は最後までナチ党員になることを拒みました。
あんなのはおかしい。
そんななかでもここまでえらくなれたのは
すなわち。ヒトラーからの評価を得られたのは
本当に彼が有能な男だったということでしょう。
そして彼は捕虜に対する対応が大変によかった。
すべては国際法の範疇の中。
また、行く先の町で抵抗を見せない人々に対しては
大変丁寧に接し。丁重に扱った。
極めつけは
ユダヤ人は捕虜にし、全員虐殺しろというヒトラーからの勅令を
無視し。最後まで殺さなかった。
騎士道精神あふれる男だったのです。
彼はどんなに偉くなっても。
最後まで前線での指揮をやめませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・
さて、そんな彼ですが。
さすがに補給がないままエルアラメインを死守することは難しく。
さらには連合国が北アフリカ戦線に大量の戦力を投入したので
にっちもさっちもいかなくなりました。
そこでヒトラーにエルアラメイン放棄を提案。
何度か却下されますが。
ヒトラーも彼を失うことを恐れ
最後にはチュニジアまでの後退。
脱出を許可されたわけであります。
敗走というのは大概危険なものですが。
なんとか連合軍をかいくぐり。
・・・きれなかったところもあったけど。
帰ってきたのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて。このころになるとドイツも苦しい戦いを強いられました。
とどめとなるノルマンディー上陸作戦。
彼は体調を崩してベルリンで休んでいました。
ノルマンディーの連合軍上陸について。
ヒトラーは「陽動に違いない。本隊の移動は慎重に。」
といったのに対し
「いいや。これは絶対に敵本隊だから一刻も早く移動させろ」
といいました。
また、空軍元帥は「あっちの航空隊はかもだから完全に上陸を許してから陸上部隊をたたくことにしましょう」
といって、結局(ry
彼は前線での指揮もかなわず。
結局ノルマンディー上陸作戦がもととなって
ドイツは敗北へと走るわけであります。
・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに。彼を悲劇が襲いました。
それがヒトラー暗殺計画です。
彼は結局加担はしなかったのですが。
ヒトラー暗殺計画の勃発と失敗。
また、ヒトラーが国民の人気を集めるロンメルに
危険を感じたこともあったのでしょうか。
彼は暗殺計画未遂に罪を問われます。
「裁判に出るか。自殺するか。」
と問われ。
彼は自殺しました。
(どうせ死刑になることと。家族へのダメージを考えたからでしょう)
「ロンメルは戦いの負傷から死んだ」
とゲッベルスは伝えました。
こうして、勇将はこの世からいなくなりました。
「ナポレオン以来の軍師」
「ロンメルは神に愛されている。」
といわれた男のお話でした。
彼の愛称であったこの名前は今も語り継がれるのであります。
「砂漠の狐、ロンメル」
・・・・・・・・・・・・・・・・
めでたし、めでたし。
何がすごいのかしりたいやつはググレばいいと思うよ。
ていうか。それを書くべきだったのかっ。
そうか。どんまい。
ふう。疲れた。
とりあえず。
ロンメル? あああのドイツのなんかすごい人ね。
という知ったかが使えるようになればいいと思います。
そんな知ったか使う場面が無い?
うーん。それは確かに否めないかもしれませんなw
まあ。いいじゃないですか。
じゃあ今日はここまでです。
ノシ
最近のコメント